幸せの鐘を探して

三十路を迎えて数か月、『仕事が恋人』生活を送っていた私に、転機が起きた。

 

 

きっかけは、二歳下の後輩からの突然すぎる告白。
仕事帰りに居酒屋さんで、お喋りしながら飲んでいた時だった。
「先輩、実は私……今月で仕事辞めるんです」
「……は?」
思わず取り落としそうになったグラスを慌てて両手で持ち直し、私は後輩に向き直った。
「急にどうしたの?」
「結婚することになって……」
「け、結婚!?ということは、寿退社?」
「はい」
嬉しそうに照れた笑いを浮かべた後輩は、いかにも幸せオーラに満ち溢れていた。
しかし、おかしい。
後輩は確か以前に『ここ数年彼氏がいない』と嘆いていたはずだ。
「ねえ、いつの間に相手見つけたのよ……?この間まで彼氏できないって言ってたじゃない」
「それが、婚活に挑戦したら、トントン拍子に上手くいっちゃって!」
(ん?婚活……?)
それは、最近テレビや雑誌でよく見かけるようになった言葉だ。

町ぐるみで合コンを催したり、婚活パーティとしてたくさんの男女が集まって、結婚相手を探したりするらしい。
「わざわざパーティ探して参加したりしてたの?」
「はい」
「ネットとかで検索したりとか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
そう言って、後輩は鞄からタブレットを取り出し、何か操作して画面を私に向けた。
「この結婚相談所にネットで見つけたんですよ」
画面に載っているのは結婚相談所の公式ホームページだった。
「入会前に無料でマッチングシュミレーションをしてくれたり、相談に乗ってくれたりして、親切だったので入会してみたんです」
どうやら、会員の中から自分が希望する条件に合った男性を確認させてくれるらしい。
「便利ね。でも、こういうのって入会費とか高いでしょ?」
「そうでもないですよ?自分で何度も合コンとか婚活パーティを探して参加してたら、もっとお金かかっちゃいます。ここの場合、毎月決まった額以外に出費ないですしね」
「なるほど……」
考えてみればそうかもしれない。
いちいち自分で合コンやパーティに参加して聞きにくい年収や学歴を聞かなくて済むし、出費も大して変わらないのなら考えてみる価値はありそうだ。
「いいかもね。ちょっと資料請求とかしてみるわ」

「はい!先輩もすぐにいい人見つかりますよ!」
そう言って眩しい笑顔で笑う後輩を見て、真剣に相手探しをしてみる時期だなと思った。

 

 

深呼吸をして、よく磨かれたガラス張りの扉を開いた。
「失礼致します。先日、ご連絡させて頂いた佐々木ですが……」
「お待ちしておりました、佐々木様。担当をさせて頂きます須崎と申します」
受付で声を掛けると、すぐさま優しい表情のスーツの女性が挨拶をしてきた。とても丁寧な印象だった。
「カウンセリングなどは、お受けになりますか?」
「はい、是非!」
早速入会の話になるのかと思っていた私は、須崎さんの言葉に少し驚いた。
自分に合った人を本当に探せるのか不安だったので、ありがたく体験させてもらうことにした。
結婚相手を探し始めてから無事結婚に至るまでで、分からないけれど誰かに聞くにも聞きにくいことを相談してみた。
須崎さんはさすがアドバイザーといった感じで、分かりやすく丁寧に答えてくれた。
それに、こちらの質問に答えるだけでなく、私の性格や趣味、好き嫌いをさりげなく聞いて一番適した答え方をしてくれた。
また、マッチングシュミレーションに備えてくれていたらしく、マッチングシステムに入力するのも、要望以外は全て先に入力していた為、とてもスムーズだった。
「ご希望条件に該当された会員様は、こちらの方々です」
「えっ?こんなにヒットしたんですか?」
「はい。会員数が多いので、ヒット数も多いんですよ。外見以外でしたら、もう少し絞り込めますよ」
「……よければ、もう少し見てみていいですか?」

「もちろん!」
(思ったより、いいかも知れない……この結婚相談所。ネットでも利用できるし)
想像以上にいい雰囲気だったので、最初はそんな気はなかったのだけれど、思い切って入会してみることにした。

 

 

それから、私を取り巻く環境は少しずつ変わっていった。
これまで『出会いなんてそうどこにでも転がってないわよ』と思っていた私の元に、男性からメッセージが届いたり、私から送ったり。時には、二人でデートをしてみることさえある。
「こないだ逢った人……素敵だったなぁ」
「え?恵理子もしかして合コン行ってきたの?」
ぽつりと呟いた私に、友人の真理が前のめりになって聞いてきた。興味津津といった感じだ。
「うーんと、合コンじゃないんだけど……顔合わせってところかな」
「顔合わせ?」
『必死すぎる』とか言われるかなと少し恥ずかしく思いながら、真理に説明した。
「へえ、そういうことだったの」
「うん」
「いいじゃない!私にももう少し早く教えなさいよね」
「……え?」
彼女の反応は、予想外なものだった。
「私もこの間彼と別れちゃったのよ。よーし、いい人探すぞー!」
真理はあっけらかんと笑って、私に結婚相談所の予約方法を聞いてきた。

 

 

去年は、そんなこんなであっという間に過ぎていった。
「去年から、ずっと慌ただしかったなぁ……」
メイクをしてもらいながら、思い返してぼんやり呟くと、真理がくすくすと笑った。
「まあね、二人揃って去年彼氏ができたと思ったら、もう結婚だもん。慌ただしいわよ」
そう言っている真理は、すでに先月結婚している。婚活を始めたのは私が先なのに、さすがやり手な彼女だ。
「ほら、そろそろ始まるわよ。しゃきっとしなさい、主役なんだから!」
メイクが終わり、真理にぽんと肩を叩いかれて控室の扉を開けた。
「お待たせ、拓海さん」
「おっ!すっかり花嫁さんだな」
扉の向こうで待っていた新郎姿の彼に駆け寄ると、とても嬉しそうに眺められた。
「さて、そろそろ行こうか。皆が待ってる」
「そうね」
会場の扉に同時に手を掛けた私達は、一度くすぐったそうに微笑み合った。

 

 

穏やかな拍手の音に包まれて、ずっと思い描いていた幸せな光景が、私の目の前に広がった。